「ねばならぬ」から解放された私は「心から愉しむ」ことを知った

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こんな方にお話を伺いました
楽伍(らくご)

事務職を経て、フリーのWEBデザイナーに転身。スキルアップのためと始めた創作活動にどこか「もやもや」を感じながらも腑に落ちる何かを模索しているなか「お抹茶」に出会う。お抹茶をいただく体験に手ごたえを得て、20年来のデザイナーとしての経験を活かしつつ「抹茶」にかかわるワークショップやパフォーマンス活動を開始。2021年4月、お抹茶を通してみなが愉しめる空間を創る「緑楽」を立ち上げる。メンバー名である「楽伍」は楽しむ仲間を意味し、その名の通りより身近にお茶が楽しめる仲間の“輪”が広がっていく活動を精力的に企画中!

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おじさんちにあった布に覆われた厳つい「メカ」との出会い

子どものころからデザインに興味がありました?

デザインよりもパソコンに興味がありました(笑)親戚のおじさん宅にパソコンがあったんです。私が小学校低学年のころは一般家庭にはパソコンは全然流通していなくて、物珍しかったんですね。ゴツイメカがキーボードで操作できる!というのが衝撃的で(笑)めちゃくちゃカッコよかったんですよね。その原体験があるから将来は絶対にパソコンを使う仕事に就きたい、と思うようになりました。

メカに興味があったのか、高校生の時には、友人の父親がワープロを持っていると聞いてそれを借りて(笑)意味もなくキーボードをかちゃかちゃ打って。文字を打っているだけなんですけど、何でかすごく面白かったんです。

そういった原体験から将来は絶対にパソコンを使う仕事に就きたいと思うようになりました。

それは具体的にどんな仕事を想像していましたか?

30年前は今ほど多くの選択肢がありませんでした。東京の丸の内オフィスで社長秘書をする、いわゆるオフィス・レディーが私のイメージの限界でしたね(笑)

その夢は実現しましたか?

いいえ、まったく(笑)

就職活動ではとにかく「パソコン」を必須条件に探しました。具体的なイメージもなくパソコン以外の項目はこだわっていませんでした。初めて就職した医療法人では、確かにデータ入力する端末があったのですが、業務の中心は病院のレセプションだったんです。これは自分のやりたい仕事じゃないって入社したあとに気づいて(笑)パソコンで何をやりたかったのか。何かを作り出す=クリエイティブなことがしたかったんだ、と発見したきっかけでもあります。

その後は希望の仕事に就けましたか?

登録していた派遣会社に業務内容の要望を出していましたが、希望の案件には巡りあえず。知り合いからパソコンを使えるひとを探しているといわれ転職してみたら、パソコンが置いてなかったり(笑)なかなか希望通りにはいきませんでしたね。

そのなかで記憶に残っているのは、ある大手の通信会社で顧客データの入力を担当した仕事です。ピッチやケータイが流行りはじめた時期で、複雑な顧客管理が必要とされていました。通信会社の社員さんがファイルメーカープロというアプリケーションをカスタマイズして管理システムを作成しているのを知り、真似して同じようなものを作ってみたり。そこでやっぱりパソコンで「ものづくり」するの楽しいなぁ~って思いました。

やりたい仕事のイメージが湧いたころに 以前勤めていた企業で復職がしたいと相談してみたところ「これからの時代はWEBだよ。会社はそういう人材を求めている」といわれ、それからWEB制作の勉強をスタートしたんです。

WEB業界に飛びこんだ私がぶちあたった壁は圧倒的な経験差だった

専門学校の卒業後はWEBデザイナーに?

はい。専門学校の卒業間際に、WEBデザイナーの実績を積み上げようとインターンシップに参加しました。同時期にDTPデザイナーからWEBデザイナーに転向された方がいらっしゃって。その方と自分の品質差が目で見るよりも明らかでした。文字ひとつの配置でも、DTPデザイナーだった方の成果物には「イズム」があった。何より、結果として私の制作案がまったく採用されなかったんです。それで自分の力量不足を痛烈に感じて。

その後、幸運にもフリーランスでWEB制作の仕事をいただく機会もありました。しかし、自分の表現の引き出しが余りにも少なくて、表現力も技術力も追いついていませんでした。気がつけば、ほとんど同じようなデザインのものを納品していました。こりゃ不味いなぁと。

クリエイティブのためのアイデア。アイデアを実現するためのスキル。表現方法を模索するだけの知識と経験。私には何もなかった、と痛感しました。当時のWEB業界はまだまだ黎明期で、今のようにディレクター、デザイナー、コーダー、マーケターといった役割も分業されておらず、マルチに何でもこなせることが求められました。黎明期だからこそ体系的な知識体系や過去事例から学ぶことも難しく。専門学校で勉強したものの、付け焼き刃の自分では全然太刀打ちできなかったのだと思います。

WEBデザイナーとして生き残っていくためには、もっと技術を磨かなければいけない。そして、自分をアップデートをしつづけなければならない。この意識がどこか強迫観念になっていたのかもしれませんね。

正攻法はない ただただ我武者羅に知識を詰めこむ

どのようにしてスキルアップを図りましたか?

当時はインターネットを活用したビジネス自体がまだまだ未知の領域でした。そもそもどういった概念でWEBをとらえるのか、どういった思想で制作をするのか、「土台」も固まっていませんでしたし、いわゆるWEBマーケティングにおける「セオリー」もありません。だから、何をどう勉強すればいいのか分からず、会社の先輩にも相談をしていましたが、みなが暗中模索という状態で(笑)

特にデザインについては、そもそもデザインとは何ぞや?と思っていたくらいで。アートとデザインの区別もついていませんでしたし、内から湧き出る特別な感覚なのかな?と当初は思っていました。なので、とにかく自分が課題だと感じたことから勉強することにしました。

どんなことに課題を感じていましたか?

もともとデザインは自分の業務範疇外だったんですよね。専門学校でもコーディング技術を中心に勉強していました。しかし、ある案件で社内イントラネットを構築する仕事があり、そこで「読みやすさ・見やすさ」というビジュアル面の向上を求められたんです。仕事である以上はやるしかないな、と覚悟を決めました(笑)

まず、文字のレイアウトや配置によって読みやすさ、読みにくさがあると感じました。そこで、ホワイトスペースの美しさの原理を学ぶためにタイポグラフィーに興味を持ちました。つぎに、色の配色に多くの時間を割いていることに気づき、色彩の勉強も始めました。

専門学校やセミナー、テキストで膨大な知識を頭のなかに詰め込んでいるうちに、どこか腹落ちしていない自分がいることに気づいたんですね。

それはなぜですか?

明確に意識できたのは、色彩理論の実践を試みたときです。配色の歴史は長く、それこそ私が生まれる前から現在まで綿々と受け継がれています。しかし、実際に現場でセオリー通りに配色をしても、自分がしっくりこなかった。理論ばかりに思考がいってしまって、頭でっかちになっていました。だから、知識のデータベースを叩くのではなくて、身体で「良い配色」の感覚を覚えたいと思ったんです。画面の外に飛び出したいなって(笑)それから、勉強の方向性が変わりましたね。

どんな変化がありましたか?

自分自身の感覚や感性を養うものに興味を持つようになったんですね。また、画面のなかで完結するものではなくて、実際に身体や手を動かして五感を活用する分野に進んで手を出すようになりました。絵画教室に通ってキャンバスで自分の色を探してみたり。お花をならって配置と配色の基礎をとらえなおしたり。活版印刷講座で植字して名刺やポストカードをつくってみたり良い作品にも出会おうと、印刷博物館、広告博物館などにも足繁く通いました。

色んなものに手を出しましたね(笑)

どれも今まで体験してこなかったものだったので、新鮮味があって退屈はしませんでした。しかし、頭のなかに蓄積されていく知識とは裏腹に、自分の心がぽっかり空いている感覚がずっとありました。どこか「本気」ではない上辺な感動で満足している自分にもやもやしていたんです。

それはきっと創作活動の裏側に、仕事を食いつなぐためにスキルアップをしなくてはいけないという隠れた「義務感」を背負っていたからでした。

ようやく巡りあえた「本気」で向き合えること

もやもやが晴れたきっかけは何ですか?

自分でも予想外だったのですが、「お茶」との出会いでした。

当時、関係が良好ではなかった上司に銀座の「うおがし銘茶」さんに連れていかれたんです。そのかたに、よいクリエイティブをするためにもっと「本物」に触れなさい、と助言をいただいて。

銀座の街角に店を構えるそのお茶屋さんは、店内に足を一歩踏み入れるだけで空気が違っていました。無機質な白と灰色に映える煉瓦色のフローリング、余白が美しい壁にかけられた書、空間を華やかに艶やかに彩るお花、天井から差しこむ柔らかな太陽の光。すべてが調和している「空間」です。

ふだんは殺伐としていた上司との関係も、その空間ではリセットできました。お茶を一緒に愉しんだ空間はとても静かで穏やかで。仕事で疲れきっていた自分の身体と心の深いところに沁みたんですよね。

それから「お茶」に興味を持って、どんどんのめりこみました(笑)

どのようなことをされたのですか?

伝統的なスタイルの茶道体験、国際色豊かな方々と躙口の茶室で茶道体験、お寺や抹茶屋さんの飲み歩き。抹茶を立てるオンライン・ワークショップに参加してみたり。テーブル茶道、特に立礼(リュウレイ)を学びたくて。他にも茶畑めぐりやお茶摘み体験、お茶菓子やお茶箱も作ってみて。茶道具めぐりに骨董市に通ったりも。自分でお抹茶を愉しむワークショップイベントも開催して(笑)最近では東京ワターの展望台で早朝の朝茶体験!気持ちよかったです!

茶畑や茶室にも積極的に訪れた
イベント用のお茶菓子作りも
天目茶碗から着想を得てお茶グッズを つくりたいと始めたフルイドアート
季節の野点を愉しむ

今までとはまったく異なる熱量で取り組んでいる自分に気づきました。あれをしたら面白いかな、これをしたら楽しいかな。そんな気持ちの連続で。やらなきゃ!という焦りや不安がなく、ただただ自分の心の赴くままに突き進めました。どこからこのモチベーションが湧いてくるのか自分でも不思議なのですが、ようやく自分のやりたいことに巡りあえた、と確信しました。

その先の未来は?

最終的には、みなにとって気持ちの良い「空間」の創造をしたいのだと思います。茶道の言葉にもあるように「一期一会」ではありませんが、お茶を愉しむために集まったみんなが「ここにいて良かったなぁ」と心が清々しくなれる「空間」をもっと広めていきたいですね。

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しゃゆーんのアバター しゃゆーん 「NoFrame」編集長

「NoFrame」代表。上海うまれの上野・浅草そだち。日本大学大学院文学研究科中退。リモートワーク歴10年。自分が興味をもったものは即検索・即実行がモットー。通算4000人以上、子どもから大人まで幅広い世代のかたと面談してきました。その結果、スタートアップ・ベンチャー企業の総合的な立ち上げ支援のかたわら、全世代の仕事・育児・教育が融合した新時代のコミュニティ・スペースの設立に奔走中です。

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