今年はもっとも穏やかな春だった

いま思うと私はずっと凝り固まった劣等感を抱えて生きていたように思う。愛情を感じなかったとは微塵も思わないけれど、どうしても遠慮を感じた祖父母との関係性。自分の本意ではなかった短大進学。もっと働きたかったけど、辞めなくてはいけなかった会社。2年ぽっちの社会人経験。

だから、私には自分を誇れるものが何もない。30歳を迎えるまで、ずんっと胸の奥に重たい石を抱えながら、過ごしてきた。さざ波が立つようにざわざわと心がざわつくたびに、必死にそのざわつきと戦ってきた。

だけど、最近は「まぁいいか」、「おいしいものでも食べて忘れよう」とゆったりと構えられることが増えたような気がする。

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ほどほどに力を抜いて「うまくやりなよ」ができなかった

私の家族はいわゆる「ちゃきちゃきと働く」大阪らしい商売人の家系だった。祖父母は昔かたぎのひとで年長者を敬いなさいという言葉が口癖だったが、私は年中くちごたえばかりしていた。生意気な口をきく私に「女は愛嬌」、「笑顔が大切」と祖母は何度も諭していた。子どもの頃は、友だちに家の不満ばかりをぶつけていたが、いざ自分が母親になってみると「あんな癇癪もちな子どもを育てるのは大変だったよね……」と思う。

大人からすると「生意気な口」、友だちからすると「空気が読めない口」は私が小学校に入学しても、中学校に進学しても、変わらなかった。友だち同士の衝突は何度もあったし、仲間はずれにされたこともある。友だちからは「もっとうまくやればいいのに」と呆れられた。

でも、その「うまく」が私にはできなかった。「筋が通っていないことには納得できない」「泣いている人を放っておけない」「求められてなくても自分の意見はきちんと述べたい」と思うと、冷静さをかいてしまっていた。感情と意見の区別がつかなくなるのは、大人になった今も残る悪癖だと思う。

もっと上を目指せたのに ずっとその呪縛があった

もともと自分のキャリアプランのなかには「大学進学」はなかった。「卒業したら働く」ものだと思っていたし、その選択に疑問も感じなかった。そんなことよりも、「一人暮らしをしたあとに結婚かな?でも、なるべく働き続けたいから結婚はしたくないかも」なんて考えていた。

だけど、高校進学をして私は愕然とした。まわりの友だちは「進学」という選択が当たり前だった。先輩や友だちは、当たり前のように塾に通い、模試を受ける。新しい可能性が自分にはあるのだと気づいた。

「進学がしたい」と母親に直訴した。

しかし、母からの返事は「それは年を取ってからもなれる」だった。

それでも進学を諦められなかった私は、自分のなりたい職業が進学必須で四年制大学よりは比較的学費が安い短大でも良いと母親に必死に訴えた。なんとか短大進学の了承を得たが、このときの「妥協」がいまも尾をひいている。

進学校だったこともあるのだろう、「四大」ではなく「短大」に進学することに私は引け目を感じていた。「そんなに成績が良いのにどうして」と聞かれるたびに、自分のなかで消化できないもやもやが湧きあがった。心が疲れていると「もしあのとき進学をしていれば」なんていう「たられば」話がふと頭を過るときがある。それはきっと私が私自身の人生に、納得や満足をしていなかったからだと思う。

社会人ではリスタートを切る!と意気込んだのも束の間

せめて、社会人になった私は自分の誇れる自分になりたい。就職先では「がつがつ働こう!」と意気込んだが、知識や経験の浅い新人が会社に貢献できることはそう多くはなかった。働き始めて2年にも満たないときに夫と出会い、結婚を決めた。仕事を続けたかったが、「結婚したら妻は家庭に入る」という固定概念がどうしても周囲にはあったし、会社からも子会社への異動をほのめかされたこともあり、退職をした。

仕事がしたかった私は、家でインターネットで求人検索をする手が止められなかった。さきをゆく友人たちに置いてけぼりにされそうで焦りがあった。短大卒だけど仕事をしていれば立派な大人に見える。運よく仕事を見つけたものの、妊娠が発覚し悪阻のひどさにまたすぐに退職してしまった。

私のコンプレックスである「短大卒」に「社会人経験不足」がまた加わった。

子どもを産んでも働くことを諦めきれなかった私は、幼い娘をつれてハローワークの窓口に通った。世間では「女性活躍推進」がさけばれ、共働き世帯が当たり前の風潮になっていった。しかし、お役所では「仕事を見つけてからじゃないと保育園には入れません」といわれ、ハローワークでは「保育園に入ってから仕事を探したほうが良いんじゃないの」といわれる。堂々巡りだった。

周りには仕事と育児を両立しているひともいるのに私はしていない。料理や掃除といった家事がとくだん好きなわけでも得意なわけでもなかった。かといって子どもの教育に熱心だったり優しい素敵なママにもなれない。「夫をたてる」ことにも違和感があったから妻としても上手く立ち回れない。

SNSをのぞけば、働いて、飲んで、海外旅行をする友人の姿があった。羨ましかった。でも、友人にあえば愚痴ばかりをこぼしてしまいそうで、楽しい時間に水を差してしまいそうで、人と会うことも断ってばかりいた。

その結果、夫へ怒りをぶつけた。怒りは体力を消耗する。気力を消耗する。いつも怒ってばかりの私に、だんだん夫の言葉数は少なくなった。返事がなくなった。家に帰らなくなった。私はただ、彼に「大丈夫だよ」「一緒にいるよ」といって欲しかった。こんなときでさえ、相手に自分の感情を伝えるのが苦手な自分に嫌気が差した。

なぜ自分はこうも生きづらさを感じるのか。その問いの答えが欲しくて、人生初のカウンセリングを受けた。今まで見えないふりをしていた自分の感情にはじめて真っ正面から向き合った。自分で口に出すのも恥ずかしかったコンプレックスを他人にさらけ出した。私は号泣しながら話し続けたと思う。

もう十分がんばっているよ、怒りの許容量をこえたんだね、とカウンセラーの先生にいわれて、すっと身体が軽くなったのを覚えている。

仕事への渇望 小さな積み重ねが自信へとつながった

発作のように仕事を探し続けていた私は「在宅ワーク」に出会う。これなら娘二人が小さくてもできるかもしれないと思ったからだ。

しかし、当時の在宅ワークといえば、半日以上パソコンの前に座って作業してもお給料が数百円の世界だった。やっぱり、自分には何もできないんだ、と無力感に襲われた。そして、求人票には「四大卒必須」の文字があって、さらに落ち込む。

そんなことを繰り返しいるうちに、「再就職をめざす主婦向けの勉強会」を開催している企業を見つけた。同じように働きたいと思っているお母さんがいる、いきいきと就職やスキルアップに直結する話をするお母さんがたに自分も混ざれたことで、まだまだ自分も働けると初めて思えた。

在宅ワークを通して、私は少しずつ自信を取り戻していった。心の余裕もできてきた。

夫との関係も「ぶつかる」ことしか知らなかった私は、感情をコントロールすることを覚えた。自分が意識して優しくあろうと心がけると、少しずつ会話が戻ってきた。話すことが苦手な夫が一生懸命に相槌をうってくれた。夫婦生活で、お互いがはじめて歩み寄った瞬間なのだと思う。

今では、ワンオペだった家事や育児も夫が分担をしてくれるようになったし、私が忙しいときは進んで肩代わりしてくれるようになった。家計を支えるという意味ではまだまだ夫におんぶにだっこだ。今度は、私も家計を支えている、といえるくらい稼げるようになりたい。私は、自分自身が自立した大人でありたいし、夫と対等な関係を築いていきたいと強く思っている。そして、そんな姿を娘たちに見せてやりたいのだ。

私は私自身を「許す」ことに決めた

私はずっと「短大」を選択したことが、人生の間違いだったのではないかと不安だった。

自分の感情をひとに伝えるのが苦手だったこと、若くして母親になったこと、キャリアといえるほど仕事を長く続けられなかったこと、周りの空気を読んで”うまく”立ち回れないこと、できないことばかりで自分が情けなかった。

そして、他人からの評価や視線、態度を気にしすぎてしまい、落ち込みやすかった。他の誰でもない私自身が自分にコンプレックスを押しつけていた。理想であれない自分自身が許せなかった。

幼少期から積み上げてきた劣等感の塊を感嘆に解きほぐすことはできないし、無かったことにはできない。今でも時より心に陰がさすことがある。

在宅ワークでの仕事が順調になれば、今度は「フルタイムで働くママ」への憧れが生まれた。正社員就職をしようと考えて、大学進学をし直そうかと思うときもある。かと思えば、子どもたちと過ごす時間を大切にしようと思ったり。子どもの教育に力をいれるママに後ろめたさを感じて早期教育にチャレンジすることもあった。

そんなことは、もういっか、とようやく思えるようになった。

いまをがんばる。しんどいときは休む。

数年前だったら、ひたすら落ち込んで。悲しんで。どうしようもないと項垂れるばかりだっただろう。

でも、今年の春休みは、1人目を出産してから最も穏やかな春だった。

自分にはないものに対する憧れやコンプレックスはどうしたってあるかもしれない。諦めきれないなら、あきるまでやってみればいい。憧れる!羨ましい!という感情も素直に吐露すればいい。でも、いまの自分も頑張っているし、なかなか捨てたもんじゃないと思えるようになった。のびのびやっていこうよ。そうやって、自分を許せるようになった。

毎日、同じようにうまくはいかないけれど、自分の苦しさの根源に気づけたことが、この30年間の大きな一歩だ。

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もえこのアバター もえこ 在宅ワーキングマザー

大阪府出身、兵庫県在住。京都女子大学短期大学部文学科 卒業。現在、ライター歴・リモートワーク歴ともに4年目。 2人目の妊娠後、2017年から在宅ワークをスタートしました。執筆以外にも、Webライティング・リサーチ・事務・解析などに取り組んでいます。文章力アップとキャリア模索をしながら、娘2人の育児に奮闘中!読書・音楽・紅茶が好きです。

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