50代半ばで実家の果樹園農業を事業継承 元公務員が農家へ転身した理由

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🖊こんな方にお話を伺いました

山際 晃(やまぎわ あきら)さん

第二種兼業農家の長男として生まれながらも、サラリーマンに就業。転勤族であったが週末は家業(農業)の手伝いはしていた。両親の高齢化に伴い、意を決し実家に就農し7ヶ月が経過。桃と和梨、西洋梨ル・レクチエを作付け。せっかく農業をやるならと土壌に着目し土壌改良を試行錯誤しながら果物の最高等級(商品ランク)である秀品となるよう果樹糖度を追求する毎日である。

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農家を継ぐという意識はなかったが、農作業はいつも日常に溶け込んでいた

これまで農業とはどのように関わっていましたか

私は農家の長男として育ちましたが、親から「農家を継いでほしい」と言われたことは一度もありません。むしろ、私のことを考え、「自分のやりたいことをやれ」と言ってくれていました。しかし、私自身、頭のどこかに農家の長男という意識は常にありました。

大学の農学部を卒業後、森林行政や材木関連、キノコ栽培などの行政技術職員として働いていました。農繁期の平日は毎朝4時30分に起き7時頃まで、家業の収穫作業を手伝っていました。出荷作業を両親に任せ、その後に出勤というスタイルをこれまで続けてきました。また繁忙期には手が足りず兄弟に週末に手伝いにきてもらいながら何とか家業を継続してきました。

農学部に進学したのは家業を継ぐためではないものの、自ずと家業を手伝うことが習慣化していました。これは、私だけでなくおそらく農家の子供達は、家業を手伝わざるを得ない環境下に置かれているからです。

親が忙しくしている光景を目の当たりにしていると、多かれ少なかれ家のお手伝いをしなければ!となるのかもしれません。

そんな「お手伝い」という形が農業への私の関わり方でした。


兼業農家の限界 第二の人生を志して

なぜ、早期退職を決心されたのですか

巷では定年後は再雇用が社会情勢になりつつあると聞きます。給料がダウンしても現在の仕事を続けていく選択肢もありましたが、父が大病を患い農作業ができなくなったことから、私自身の体力と家業を継続するタイミングとして今が最適だと考えました。

「廃業」と言う選択肢も頭に過りましたが、私の代でそうしたくなかったことと、定年退職後にやりたいことが見つからなかった。サラリーマンと農家を掛け持ちする生活が、年齢を重ねるごとに体力的にキツクなってきたことも理由のひとつです。特に、職場の人員が減って業務量や責務が増えたことでワークライフバランスが徐々に崩れてしまったのも要因です。

農繁期の仕事の両立はかなり負担が大きく、だからと言って業務量を軽減してもらうことも難しく、このままでは体調を崩してしまいそうなため、退職するタイミングをいつにするのか思い悩んでいました。


ある時、職場で定年退職間際の年齢の職員を対象に退職準備セミナーが開催され、自身のライフプランをシュミュレーションする機会がありました。自分と妻の給料、貯蓄、子供達の学費などを入力して収支予測を眺め、数年先には子供たちも手がかからなくなり、農業ならば定年無く働けると思い決心しました。

参考元:国家公務員の60歳以降の働き方について

ご家族の反対はなかったのですか

もちろんありました。

真っ先に言われたのが2人の息子達の学費のことです。これは、これまでの貯金から切り崩しながら賄うことで了解を得ました。家族は、これまで私が実家の農作業をしていたことを見てくれていたようで、時間を惜しまずに農業に携わる姿勢を理解し専業農家になることを承諾してくれました。


また両親からは「覚悟」はできているのかと問われましたが、これまで祖父母や両親が育ててきた果樹園を更地にしたくないことを丁寧に伝えた結果、何とか認めてくれました。農業は一から始めてもすぐに収入を得られないリスクを伴いますので、家族の協力と理解を得ることで収入面や労務面などの負担軽減を図れると考えています。

本当にやりたいのなら反対されても怯まずに想いを貫くことも肝心なのかもしれません。

身の丈に合った事業計画を 先人たちが築き上げた果樹園を続けて行くために

農業をするうえでの事業計画のこだわりや問題点は?

まず一年間やってみて一連の流れを掴まないと規模感も見えてこないため、それを経てから事業計画を立てるつもりです。

売り上げについては多いことに越したことはありませんが、現状を踏まえると少しプラスになれば良いと考えています。

そのため現状では高い売上目標や新規雇用も考えていません。

まずは丹精込めて作った桃や梨をこれまで買っていただいた方が、これまでと同様に喜んでくれれば良いと思っています。

栽培以外でも包装、出荷、資材管理などをしてくれる人が必要ですが、そのための人材をお願いできる金銭的な余裕がまだありません。人を雇うということは責任を持つことにもなるのでそこは慎重に考えています。


知人から聞いた情報になりますが「新潟地域若者サポートステーション」と言う就労支援機関との連携で、ジョブトレーニング形式で繁忙期などの作業依頼ができるかもしれませんので、人材確保には公共機関の利用も視野に入れています。

果樹栽培へのこだわりは、等級が秀品となるよう「糖度」を上げたいということです。また年間20回以上の薬剤防除の薬剤費が高額なのでこの経費をいかに削減するか思案しています。

そのために「土壌」作りに着目しています。



納豆菌を撒いたりして土中の有用菌物を増やすことで作物の防御力を高め病害虫にとって心地の悪い圃場が出来れば、虫もつかなり農薬散布も少なくできる、また糖度も増すことも期待できそうだと聞くので日々試行錯誤しています。農業に対する熱意というよりは、このように自分で無理なくできること、そして欲張らない身の丈に合った規模の農業を心がけることで、先代達が作ってくれた果樹園を長く続けられると考えています。

日々の仕事の中で、農業も変わっていかなければならないし、時代の移り変わりに対応できるよう、工夫をしていかなければいけないと感じています。今の農業を見ると、これからどう生き残っていくかという状況で、横のつながりを強めて情報を交換することも大切だと思っています。

就農した当初は、周りに農家の知り合いがおらず淡々と作業をこなすという感じでしたが、農業者のつながりができたことで、私自身の仕事にも良い効果が生まれています。


地域での農業経営を考えた場合にも、機械の操作や効率的な作業の方法などを共有することで、全体の底上げができ、「大変な時にはお互いに手伝いに行く」というような横の連携を大切にすることで、地域農業の発展にもつながるのではないかと思います。今は、あれこれと手探りなところが沢山あり余裕がありませんが、やがて農業に専従して良かったと思える時が来ると信じています。

参考元:BLOF理論とは

執筆後記

どうせやるならとことん追求するという山際さん。

休日には図書館に行き専門書を読み漁り実践もされていることに、同じくして農業に携わる者としてとても良い刺激になります。そんな焦らずコツコツと着実に取組む姿は周囲の方々も味方をしてくれてるようです。

多くの日本企業では役職定年制度を導入していますが、人事院の資料によると55歳で導入される企業の割合は45.3%と最も多くなっています。そのため、55歳を区切りに管理ポストから外れる、給与が下がるといった変化がモチベーションを低下させ、問題社員化する人もいるようです。まだまだやれるという気分でいるのに、会社から「お疲れさま」とでも言われた気持ちになり、前向きな気持ちがそがれるためなのかもしれません。もちろん、そのようなことで解雇されるわけではありませんし、雇用の安定は確保されているため、大きな問題にはならないようですが、本人の心の奥にだけ「何となく物足りない」「がんばってきたのに、この仕打ち」という思いが生じ、モヤモヤした気持ちのまま、出社する毎日になってしまうかもしれません。

そんな腑に落ちない気持ちに蓋をしたまま働き続ける方法もありますが、本当にそれでいいのでしょうか?

こうした状況に置かれたときこそ、キャリアを見直し、新たな道を歩んでいくのも一案だと思うのです。55歳というと、昭和期でいえば定年退職の時期。社会人生活の締めくくりをどのように迎えたいのか、真剣に考え始める年齢に当たる年齢なのかもしれません。

転職には一定のリスクが伴いますが不満や体力面の不安を抱えながら働くよりは、気持ちを切り替えて、もうひと花咲かせてみよう」という考え方もできるはずです。どちらの生き方が自分に合うのか、よく考えて判断してみることも必要なのかもしれません。そもそも定年後に「することがない」と嘆くことはなく、定年後だから「何かやることや趣味を持たなくてはならない」わけではありません。

今、あなたが何歳であっても、まだまだ時間はあると思います。充実した人生の「後半」を過ごすために、楽しみながらさまざまに悩んでみることで何か(すること)が見つかるかもしれません。

参考元:民間企業における役職定年制・役職任期制の実態

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AUTHOR

亀蔵のアバター 亀蔵 兼業農家COO

新潟市8行政区の中の「ハーベスト(収穫)イエロー」イメージカラーを持つ地区在住。美しい田園風景が広がる地で週末稲作兼業農家を営む。スキルアップと将来を見据え在宅ワークも生業にと考えNo frameにジョイン。農業の抱える問題について何かできることはないのか?ライターとして発信することを決意。楽しく人が集まる農業のあり方を追求し地域活性化を目指す!

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