空と指輪と白い嘘

  • URLをコピーしました!

私にとって、離婚は福音だった。


大学院在籍時に結婚をした。相手は社会人で、2年の遠距離恋愛の末の結婚。今思うと、一緒に過ごした実質的な交際期間は、毎日会っている恋人たちに換算するとほんの2カ月ぐらいだろう。

ただ「一緒にいたい」気持ちだけで結婚してしまった。若気の至りにもほどがあるよ、私。

恋人同士だった時は、甘くやさしく私を大切にしてくれていた。(と思っていた。心から、思っていた。)


彼は家族になったとたん激変した。

私のことを、それまでの「きみ」ではなく「お前」と呼ぶ。蔑む。「おはよう」「いってらっしゃい」「今日こんなことがあったんだよ」すべての語りかけを無視される。会話が成立しない。何か重要なことを決めたくて、「どう思う?」と話し合おうにも、私のいったことをさも自分の意見のようにオウム返しする。壁に向かって話しているみたいだった。


共通の友達がたくさんいたから、元夫の様子を愚痴ると「えええ!あいつ、そんな奴だったんだ」と驚かれた。そんな奴、だったんだね。

お金にだらしなくて、女にだらしなくて、話すたびに言うことが変わる。呼吸をするように嘘をつく。連絡がつかないまま飲み歩くので、作っておいた毎日の夕飯もむだになってしまう。私が先に寝てしまうと「あっためるのが面倒」と、テーブルに置いてある料理にさえ手をつけないので、眠らずに待っていなくてはいけない。そのうち、定期的に外泊もするようになった。


半年で彼は結婚指輪を失くした。

週の半分は深夜まで飲み歩いていたから、多分、隣に女性が座るようなお店で外したきり、どこかで落としてしまったのだろう。泣きに泣いた。また元夫の分だけ同じ指輪を買い直したけれど、「私だけが身に付けて、私の指輪だけがぼろぼろになるのだな」と思って、私もすぐに付けるのを止めてしまった。片方だけ、私だけがぼろぼろになってゆく。見たくなかった。

驚くことに、私がくるしい結婚生活について話しても、味方をしてくれるひとはひとりもいなかった。自分の親や友達さえ、「まあまあ、我慢しなさいよ」と取り合ってくれない。「結婚をしたら、妻は黙って家で夫の帰りを待っているのが普通」自分の周囲の人たちが、そんな考え方をしているなんて。まるで、好き勝手している夫を許せない「私のほうが」わがままを言っているかのような扱い。

これ、普通?

これって普通なの???

国公立の工学部に進学し、「男も女も関係ない」環境で必死に勉学・研究に取り組んできた私には、悪夢のような世界だった。

同居生活の楽しい思い出なんてひとつもない。「生きてるけど、死んでいるのと同じだな」毎日そう思って、高いマンションの窓からぼーっと空を眺めていた。

「なんかさ、ここから落ちても死なない気がするんだよね」と電話で友達に話すと、「せいらちゃん。それはさ、我慢しすぎて怒り方が分からなくなっているんだよ」と言われた。

我慢して我慢して我慢したひとは、そうなってしまうんだって。心理学の本で読んだ。ひとのために、と思ってつく嘘を白い嘘って言うんだって。

そんな風に、友達は言っていた。不思議とそれだけは、何年も経った今でも覚えている。


転勤族だった元夫について函館へやってきた時には、私はもうすっかり疲弊していた。愛情も、会話も、お金も、友達も、何もない。

いつも人の写真を撮ってばかりの私は、結婚後、自分の写っている写真がなかった。それに気づいた元夫のお母さん(乳がんで、函館へ引越してすぐの頃に亡くなってしまった。素敵な女性だった。)が、「せいらちゃんの写真が1枚もないじゃない。○○(元夫)に撮ってもらいなさいよ」と言ってくれた。写真を撮ろうにも、休みの日も居場所が分からない。家にいれば夕方まで眠っている元夫に頼めるわけがない。そうですね、そうします。力なく答えたと思う。


函館へ来て、人の紹介でようやく働くことができた。週3、4日パートのような立場だったけれど、憧れていた新聞社の仕事。楽しくてたのしくて仕方なかった。それまでは隠してきた学歴を明かしても、誰からも意地悪されない。与えられた仕事を自分なりに「こうすればもっと良くなる」と工夫して、それに対して「ありがとう!」「助かったよ」とたくさん声をかけていただいた。ようやく私は、生きている実感を得ることができたのだ。

昼休みに新聞社のビルから眺める空は、うつくしくて、虚無の眼で見た空とはまったく違うものだった。


「もう、他人に決められる人生はいやだ」

はっきりと思った。

「どこの誰とも分からない人間に、サイコロを振るように決められる人生なんてもういやだ」

それで、離婚することにした。


元夫の身勝手な反発。周囲の猛反対。決意してから、実際に離婚が成立するまでには何年もかかった。どれだけ泣いたかもわからない。たった一度の人生を、自分で悩んで戦って選んで喜んで、生きたかった。

私は、ただ自分として、生きたかっただけなのだ。


「バツイチなんですよ」と言うと、たいていの人はすまなそうにする。悪いことを聞いてしまったなぁ、というように。だけど、違う。

私にとって、離婚は福音だった。

そうしてやっと、私の人生を歩み始めることができたのだから。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

AUTHOR

鈴木せいらのアバター 鈴木せいら ライター・歌人

ライター歴11年目。北海道在住。本とビールと珈琲が好き。

TOPIC