新潟市西蒲区で、農薬や化学肥料を使わない無農薬農法を実施し、「こだわりじいじ」の名前で野菜を作り販売。県外に住んでいたころ、奥様が花粉症化からアトピー性皮膚炎になり、顔や首に湿疹が出て辛い日々を過ごしている中、無農薬農法・自然食と出会う。30年前に新潟県に戻り、20a程の畑で農薬や化学肥料は一切使わず、米ぬかと油かすのみで、多品種少量で約50種類の野菜を作っている。2020年には、新潟市の食文化創造都市推進プロジェクトによる補助事業「生産者・料理人・消費者」をつなぐ「新潟夏の三ツ星弁当」が「こだわりじいじ」の畑で開催されるなど、地道な取り組みに周囲の関心も高まってきている。
体調異変で苦しんだがゆえに出会った農法
無農薬栽培を始めたきっかけを教えてください
妻が花粉症化からアトピー性皮膚炎になり、顔や首に湿疹が出てステロイドなどを塗り、リバウンドで辛い日々を過ごしている中、自然農法・自然食と出会いました。無調整牛乳や無添加調味料など高価ですが、体への負担が軽減され免疫力が高まることで、医療費がかからなくなった経験から、こちらを大切にしなければと思うようになりました。最初は、半信半疑でしたが妻の強い要望と、自然食を多く取り入れるうちに徐々に快方に向かいました。
それがきっかけとなり自然農法を始めました。これは体の仕組みを変えていこうと考えた結果でもあります。
実際、私が化学肥料を与えた野菜は実や葉が大きくなりましたが味は苦く感じました。農業を生業とするためにはたくさん販売しなければなりませんので、多くの農家は大きく育てるために農薬を使い、病気にならないように作ることを選択します。ですが、農薬は結局人間の身体に戻ってしまうので悪循環だと私は考えます。これはあくまでも持論ですが欲をかかなければ、その悪循環を防ぐことは全く不可能ではないと思っています。
それは安全なものを自分で作ることだと私は思いました。
他方、化学肥料は不自然ではないというご意見もあるかと思いますが、とかく化学肥料に限らず不自然なものを使うと味に苦みが増すなど、いろんなところに影響が出るように感じます。
例えば、カメムシが出るからと農薬を使って退治することが一般的ですが、虫に食われるのは仕方ないですし、それを虫が一匹もいないようにしようと考えること自体が人間の傲慢さなのかもしれません。つまり、農薬は農作物の害虫被害などを防ぐために必要最低限は使わなければならないとしても、人体に悪影響を及ぼすレベルになってはならないと思うのです。
無農薬野菜の場合、原則として栽培中に農薬を使っていないため、農薬のリスクを大きく減らすことができます。もちろん「無農薬」といっても完全に農薬をゼロにしているわけではなく、法律で定められた範囲の農薬を使っている場合もあります。ただそれでも、慣行栽培の野菜よりも大幅に農薬を減らすことができます。
参考元
農林水産省「有機JASマークがついた野菜は無農薬・無肥料で作られているのですか。」
なぜ無農薬栽培が日本では普及していないと思いますか?
無農薬栽培(農業全般)で生計を立てるためには、作付け面積を増やしてたくさん作り、たくさん売ることですが、それには見合う人手や設備、農業機械などやはりコストがかかるため、みながそんなふうにはできません。特に無農薬栽培は、人手を要する作業が多く不揃いで収量も少なく収入も少ないことが普及しない理由だと思います。
また、市場流通では消費者や食品産業事業者は規格品を志向する傾向があるらしく、不揃いなど規格外の野菜等が廃棄されていることにも関連があると思います。つまり、食料供給者が消費者の品質や形状等に対する志向を過度に重視した出荷、販売等を行っているため、規格品が揃いにくい無農薬栽培品を作らないという傾向が少なからずあるといえるでしょう。
その他にも調べてみると、利益が出づらい、高温多湿な気候、残留農薬の規制緩和、意識の違いなどが理由として考えられます。
参考元
農林水産省「有機農業に取り組む生産者の課題」
消費者の規格外野菜への意識、多様なニーズへの対応方向
利益が出づらい
有機農業に関する調査データによれば、「有機農業以外を行う新規参入者に比べ、年間の売上げや所得が低水準の者の割合が多い傾向」であったと報告されています。つまり、有機農業を営む農家として新規参入するのに厳しい現実があるという結果です。農業で生計が成り立つようになるまで年数がかかる傾向があり、有機農業は「労力がかかる」「生産量や収入が不安定である」といったことと消費者のニーズがまだそれほど高くないために、販路が確保できないと厳しいようです。
高温多湿な日本の気候
日本の気候は温暖で雨が多く、夏は高温多湿なため、雑草や虫などの活動が盛んになり、農薬を使わなければ病気や虫によって作物がダメになってしまうようです。反対に無農薬栽培や有機栽培が盛んに行われている欧州諸国は、降水量も少なく、気温も低めであるといわれています。日本は気候の面では不利で、日本の暑さや雨の多さでは無農薬で育てることは決して容易なことではないようです。
参考元
農林水産省「何故農薬を使うの?」
農業分野における 気候変動・地球温暖化対策について
残留農薬の規制緩和と経済政策
厳しい規制があれば農薬を削減する方向へと進んでいくはずですが、その反対の動きもみられています。国内で農産物を安定して生産する環境を維持していくためには、必要な範囲で農薬を安全に使用できるようにしておくことが重要で、2013年には日本で一部の農薬の残留農薬規制が緩和されました。農薬は、品質を保つため野菜、イネ、果物、菊などの花の栽培に広く用いられていますが、農薬の危険性が問題視されている中で、その規制を厳しくできないのは国の政策も関係しているようです。
また、事例(※事例1)でみると化学肥料や農薬を使用しないことを基本とする有機農業は稲作の場合、販売価格の面で慣行栽培より有利なものの、単位面積当たりの 労働時間は慣行栽培を大きく上回るとともに、収量はそれを下回っています。また、野菜作の場合、販売価格や単位面積当たりの販売量などで、慣行栽培より優れたものと劣るものとの格差が大きいなどの実態があり、農家にとってリスクのある取り組みとなっています。農業者を対象とした意識調査においても、環境に配慮した農産物の生産の問題点として、「労力がかかる」「収量減少・品質低下」など技術に関連する課題があげられています。
参考元
消費者庁「農薬」農林水産省「農薬による蜜蜂の危害を防止するための我が国の取組」
有機農業による農産物の生産 - ② 農家の経営
意識のちがい
スウェーデンを例にあげると、日本と比べてエコロジーに対する国民の意識に大きな違いがあることが分かります。たとえばスウェーデンでは4歳から環境に関する教育が始まり、「環境に対して何が正しいか」ということを自分たちの頭で理解して行動することが当たり前になっています。日本は最近でこそビニール袋が有料化されましたが、まだ環境に優しい野菜作りに対する意識改革は進んでいません。エコロジーに対する高い意識を持つ人が増えてくれば、日本の農業も大きく変えられるかもしれません。
参考元
外務省「SDGs 推進に関する各国の実施体制及び方法の調査」
内閣府世論調査「循環型社会に関する意識について」
無農薬栽培を若い世代に広めるために
それでも無農薬栽培を続けるのはなぜですか?
生業としてではなく、少しでも広めたいと思うからです。
作業は土日のみにしていますから、労力負担も少なく私たち年配者でもできます。私たちができるのだから、と若い人たちには遊びに行く時間を減らし、また健康のためにも一緒に汗をかきませんかと話しています。これまで啓発を繰りかえしてきましたが、言葉だけでは広がりませんでした。
そこで、とにかく実践だと思い、自分で作ったものを食べれば理解が深まると考え、我が家の圃場(ほじょう)約20aと作業道具を無料で使える畑として開放しました。
現在は、4人が不定期に利用していますが、いずれは自宅の近場で畑を借りなさいと伝えています。そんな中、仲間で借りようと動き始めた人が出てきたり、自分は作り手になるよりは他の立場(宣伝)で関わりたいという人が出てきましたので、普及の第一歩となったと思っています。
無農薬栽培を農家が維持するために必要なこと
こだわりながら良い農産物を作るのには手間がかかると思います。それに見合う対価を得られる方法はありますか?
なかなか難しい課題ですが、大まかには3つ考えられます。
高いものを少し売る
できるだけ高単価な商品を取り扱うことを推奨します。高単価で販売するには、スーパーにはない珍しい作物、加工品にして付加価値をつけやすい作物、世間一般的に「高い」とされている作物など儲かる作物を栽培する。そしてそれを消費者に直販する。例えば月次売上200万以上(ネットのみ)稼いでいる生産者は、プチヴェールなどのヨーロッパ野菜を扱っています。これらをSNSで宣伝すると「珍しい」ため非常にウケがよく、単価基準がないため高単価で販売しやすいようです。
消費者に直販する
販売手法を工夫する必要があります。一例としてスタンプカードを導入する、購入数量に応じて割引を実施する、栽培過程を発信してストーリー性をもたせる、量や期間を限定して販売する、商品に同封するパンフレットに「SNSに投稿でクーポンプレゼント!」の文言を掲載するなど考えられます。
支出を減らす
収入を増やすよりも支出を減らすことで、いかにマメに金銭管理ができるかどうかにかかっています。増えた収益を利用して人を雇ったり設備投資することで自分の時間を作りだし、その時間を使って戦略を練ったり、新たな農地を取得してきたり、あるいは飲食店等に営業するなど、生産は人や機械に任せて、自身はそれ以外の部分に注力する。この「自分の時間を作り出すための投資は惜しまない」という考え方を取り入れている農家はここを明確に意識しているようです。
そして何よりも楽しみながら取り組むこと、それに尽きます!
参考元
農林水産省「高収益な農業に取り組む現場から学ぶ」
農産物を高値で売るには?野菜や果物に「付加価値」を付けて差別化しよう!
執筆後記
自然食品店に限らずスーパーでも目にすることが増えてきた無農薬野菜が食の安全性への興味関心が高まっていることで注目を浴びています。取材を通じ無農薬に興味関心のあるひとの背中を押し実践するきっかけに繋げたいと思いました。 また、消費者のみなさんには、形が悪い野菜や不揃いな野菜でも味は変わらないことや選ばれない野菜はごみとして廃棄(フードロス)されてしまうこと。
そのごみ廃棄処理には税金がかかっていることを知ってもらい、何が正しい選択なのか考えてみてほしいと思います。
無農薬栽培とは、「農産物を生産している期間中に農薬を一切使わない」という栽培方法です。対して、有機農業は農薬を一切使わないという栽培方法ではなく、有機と認められた農薬の使用は許可されています。有機農業(オーガニック)=無農薬ということではないようです。
しかし、有機農業は農林水産省の認定機関により認められていなければ有機農業と掲げることができないのに対して、無農薬栽培は第三者機関による認定はありません。そのため、実は土壌に農薬が残ってしまっていたり、近くの農園から農薬が飛散してきたり、ということも起こり得ます。
第三者機関が評価、認定していないため、実際は農薬を使用してしている可能性があるようです。現在は「無農薬」や「無化学肥料」等の表示は優良誤認を招くことから、それらの表示をすることは禁止事項とされています。
参考元
農林水産省食料産業局「有機食品の検査認証制度について」
農林水産省「有機農業関連情報」
農林水産省「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」