2022年12月末。
15年勤務した会社を退職した。
55歳を迎えた夏。定年まであと5年・・・そんなことが脳裏をよぎった。
これまで80aのコメ作りと会社勤務の兼業農家だったが、
このまま定年後の雇用延長まで会社社勤務を続けるのか、
はたまた5年前に発病したパーキンソン病が悪化する前にできることはないのか?
定年後の収入確保は?など将来のことをかなり真剣に考えるようになった。
身体が達者な今、定年退職を迎える前に次の仕事を作りたい。
年老いても安定した生計を維持する手段をさがすためでもある。
ただ、仕事を作るのはそう簡単なことではない。
しばらくの間、ネット検索などで情報取集に明けくれる。
「農業で自由に働く」が理にかなっている
そこで考えたのが「農業」だった。
まず、「農業」には定年がない。
雇用されるのとは違い自分のペースで労働時間を決められるため、特に私のように健康に不安を抱えている場合、「自分のペースで」働ける点はとても大きな利点だと考えた。
そんな時、地元JAで園芸振興を目的とした支援事業の募集があることを知った。
迷うことなくこれだ!と思った。
応募要件の一つに作付けする作物の選択肢があった。
コメに比べ設備、機械の投資費用が少なく、かつ10aあたりの売り上げが高く、地域の特産品でもあるイチジクに目を付けた。
初期投資になる資材、設備費用は、JAからの補助金支給と新潟市の元気な農業応援事業の補助金交付が承認されたことが追い風となった。
イチジクは苗木を植えてから約3年目から売り上げがあがるようになる。
だがそれまでの間は、無収入になるので派遣アルバイトで繋ぐことにした。
数ヶ月単位で仕事を見つけながら繋いでいるが、正直これはかなり辛い。
それでも、あと数年で売り上げが立つのだ!と気持ちを奮い立たせている。
現在のところ米の値段は1俵(60kg)13,000円前後。
1反(10a)当たりの収穫量は平均8俵と言われ1反で104,000円の収入となる。
参考元:稲作一本で生計は困難か
イチジクは植え付け2年目から収穫でき、3~4年目には成木並みの売上(130万円/10a)が可能である。
参考元:露地イチジク栽培のメリット
農業は「健康維持」への大きなメリット
勢いで始めることになったイチジク栽培。
「売り物になる農作物(イチジク)を作るのは難しいのでは?」と周りに言われもしたが、そこは「自給農」をうまく組み合わせれば容易に解決できると考えた。
簡単に言うと見栄えがいいものをJAや直売所で販売し、そうでないもの(いわゆるB品)は加工用に回し、あとは自給用に回す流れだ。
もちろんリスクはあるが、進むしかない。不思議と迷いはなかった。
そもそもなぜ農業に携わるのか。
理由は、収入面だけではないメリットがあると考えるからだ。
ある研究によれば、自営農業に取り組んでいる人は「元気で長生きする」という結果が出ている。
参考元:農家は長寿か農業と疾病・健康との関係に関する統計分析
順天堂大学でも「アグリヒーリング」と言う研究が行われており、農作業によるストレス解消効果などが示されている。
少子高齢化によって高齢者の医療費の増大が大きな社会問題だ。
2022年度には、これまで医療費の窓口負担が1割だった後期高齢者の一部の負担が、2割に引き上げられた。今後も現役世代が減少していけば、さらなる引き上げが予想される。
このように医療費が老後の生活を圧迫する可能性が高く、健康を維持することが家計を守るためにも大切だと考える。
参考元:後期高齢者医療制度 医療費の窓口負担割合はどれくらい?
「アグリヒーリング」とは、「園芸療法」の一分野となる。
園芸療法とは、草花や野菜などの園芸植物や身の回りにある自然と関わることで、心や体の健康、社会生活における健康の回復をはかる療法のことをいう。
参考元:農業・農村の新たな価値を提案する「アグリヒーリング」
老後に備えて農業を
農業は天候に左右されるが、ある程度生産が安定してくれば、就労が出来なくても収入の確保ができる。自宅に居ながらマイペースに働くことができる農業は自分にとって将来の可能性に思えた。
定年後の60~74歳までの15年間は、元気で好きなことができる「人生の黄金期間」と言われているらしい。
私は、このときに家族と共に充実した第2の人生を送るために、また健康増進の面からも「老後に備えて農業」を選択。
そのためには早くからの準備が重要であること考え、コメ作りも継続しながら高収入が見込めるイチジク栽培を加えることにした。
参考元:「定年後を“黄金の15年”にできる人」と「人生に悔いを残す人」を分ける50代の働き方 | THE21オンライン|仕事の「お悩み解決」ウェブマガジン
農業は儲からないと嘆く前に
コメ王国と称される新潟県は、コメ産出額が42年連続1位を誇るが、すべての「農業産出額」は全国12位の農業県である。さらに売り上げから経費を差し引いた所得は参考値になるが全国28位になるようだ。
その理由の一つに、コメへの強い依存があげられる。
あるデータによると同じ面積で生産した場合、コメよりも園芸作物や畜産物の方が売上額が多く、畜産が盛んな宮崎県、リンゴ収穫量が多い青森県などが上位を占めている。
このことを受け新潟県は2019年7月に「もうかる農業」を示し、農家の背中を押すために園芸振興基本戦略を策定しているが、周囲を見る限りではその効果は確認できていない。
参考URL:新潟県の農林水産業の概要
そもそもこの戦略を策定した理由の一つに担い手不足、後継者不足、儲からない農業の解消であると聞く。
現状は、ベテラン農家の不在や営農指導員など指導人材の不足により、新規取組者の技術習得の機会が少ないため思うような効果が出ていないようだ。
また、スマート農業など先進的技術の必要性は理解されているが、知見が少なく地域への導入が進んでいない。
水田での園芸は排水不良により生産が安定せず、収量・品質が低迷しているなど課題も多いようだ。
課題のある中、安定した売場確保のためには、品質の高位平準化やブランド力の強化が必要であるが、園芸振興基本戦略にある支援体制や作業効率の高い設備、機械の導入に補助金を活用すれば早い段階で「もうかる農業」を目指せるだろう。
後継者が少ないのに、圃場整備(その費用を設備導入に向ければ良い)をし広大な田んぼを作ることや、勘や労力だけに頼る農業から、そろそろ足を洗う良い機会だと思う。
イチジク栽培進出!初年度の成果とこれからのこと
1月の晴れ間を狙い畝づくりとハウス内のコンテナ栽培準備を始め、春先には挿し木で苗作り、5月後半に定植、9月から10月にかけてイチジクが思いのほか実った。
合計約70kg、個数にすると約1,400個になったが、目標の1トンにはまだ遠く及ばないが味はしっかり甘く美味しかった。
知人へテスト販売告知をしたところ、たくさんの人が訪れてくれた。
県外の方や、思いがけない著名な方々からもオーダーをいただいた。
驚きと嬉しさとともに自信にも繋がった。
自分が丹精込めて作ったモノを食べてもらい、満面の笑みで「美味しい!」と言う声をたくさん聞けたことに至福の喜びを感じた。
そのせいか「顔色と表情、動き」が変わったと皆さんが喜んでくれた。
毎日、イチジク畑に通いつめた成果を実感できる、そんな初収穫を迎えたことで迷いが消え、新たな気持ちで農業と向き合っていく更なる「決心」が高まった。
次年は数が不足し、お届け出来なかったお客様のためにも2倍の作付けを計画している。
そして将来、園地を眺めながら息子が注ぐコーヒーが飲める直売所を作りたい。
お客様からのリクエストと自分の願望を重ねた、ささやかな夢が広がる。