最近は「LGBTQIA」という言葉が徐々に浸透してきています。しかし一方で、男女平等がかなり進んだと感じている人はいったいどのくらいいるでしょうか。「男女が同じ仕事をしても、給料に差がある」、「ジェンダーギャップ指数が低い」といった話もよく耳にします。
そこで先日、東京都内の私立中高一貫校に勤務する楢原宏一先生にお話をうかがい、中高生に向けた性教育の取り組み、そして、社会に出る前に知っておくべき情報が何なのかを教えていただきました。
この記事では、LGBTQIAやジェンダーギャップ指数に関する解説のあと、楢原先生へのインタビュー内容をご紹介します。現在の性教育や日本のジェンダーギャップ指数に不安を抱えられている方、学校教育の中で行われている最新の性教育について知りたい方は、ぜひ参考にしてみてください。
【はじめに】LGBTQIA、性別役割意識、ジェンダーギャップ指数とは何か
LGBTQIA、性別役割意識、ジェンダーギャップ指数といった用語について、聞いたことはあるが「具体的にはよくわからない」という方に向けて、まずはいくつかの用語を解説します。その前提として知っておいていただきたいのは、「性」の捉え方は1つではないということです。
近年は「4つの性がある」と考えられている
ジェンダー論において、古くは3つの性がありました。身体的特徴や戸籍上の性、好きになる相手の性で、その人の「性」がなにかを認識する考え方です。
- Sex(セックス):生物学的
- Gender(ジェンダー):社会的
- Sexuality(セクシャリティ):性的指向性
しかし近年はこれらに「表現したい性」という考え方を加え、「4つ」の性があるといわれるようになりました。そのような多様な性のあり方を示す言葉が「SOGIE(ソジー)」です。
SOGIEとは、下記の頭文字を取った言葉で、だれもが持つ性の要素を表しています。
- 性的指向(Sexual Orientation)
- 性自認 (Gender Identity)
- 性表現(Gender Expression)
ただし、この複数の要素の組み合わせは、決して「どれに当てはまるか」を考えるためのものではありません。さまざまな性があるという、多様性への理解を深めるための言葉として、浸透していくことが期待されています。
性の固定観念を消し去ることがジェンダーギャップ解消につながる
LGBTQIAとは、セクシャル・マイノリティ(性的少数者)の人たちを表す言葉です。この言葉が生まれるまでは、性的少数者の方が差別を受けてきた歴史があります。
LGBTQIAとは?
L | レズビアン。ビアンともいう。女性の同性愛者で、女性で女性を好きになる。 |
G | ゲイ。同性愛を指す言葉。特にビアンと区別する際に、男性で男性を好きになる、男性の同性愛者を指す。 |
B | バイセクシャル。両性愛者で、男性を好きになることも、女性を好きになることもある。 |
T | トランスジェンダー。出生時に割り当てられた性別とは異なる性別で生きている人 |
QIA | さまざまなセクシュアリティがあることを示している。 Qには、クィアあるいはクエスチョニング。LGBTには分類されない人、あるいは決めかねている人や意図的に決めていない人を含む。 また、身体に多様な性発達をもつ人や、同性だけでなく異性に対しても「好き」という恋愛感情を抱かない人(アセクシャル、あるいはエイセクシャル)もいる。 |
なお、上記に記載した「〇性を好きになる/〇性を好きにならない」は、身体的な性を指しています。また、アセクシャル(エイセクシャル)と呼ばれる、同性だけでなく異性に対しても「好き」という恋愛感情を抱かない方もいます。
根深い性別役割意識と、いまだ低い水準のジェンダーギャップ指数
性別役割意識とはいわゆる「男は外で働く、女は家庭を守る」というような性別によって分担を決めるという固定観念のことです。このような意識が日本ではいまだ払しょくされていないことが、世界経済フォーラムが毎年発表している「The Global Gender Gap Report 」で明らかになりました。
このレポートでは、「経済・教育・健康・政治」の4つの分野でデータが作成され、それぞれ「平等か、不平等か」がスコア化されます。その値こそが「ジェンダーギャップ指数」と呼ばれているものです。2022年に公表された結果をみると、日本のジェンダーギャップ指数は「0.650」で146ヵ国中116位。1位のアイスランドでは0.908、10位のドイツでは0.801といった数字と比べると、残念ながら非常に低い水準といえます。
このジェンダーギャップ指数の解消を目指すためには、前述の性別役割意識が「ある」ということを理解し、その差が埋まるように一人ひとりが努め、なおかつLGBTQIAや多様性についての知識を十分に持つことが不可欠です。
記事の末尾では、国内外で行われている「性教育に関する取り組み」がまとめられた参考書籍をご紹介しています。性に関する最新事例をより詳しく知りたい方は、そちらもぜひ参考にしてみてください。
参考:世界経済フォーラムが「ジェンダー・ギャップ指数2022」を公表(内閣府男女共同参画局総務課)|男女共同参画局
多様性を受け入れることの重要性
本日はお時間をいただき、ありがとうございます。楢原先生が在籍されている学校は、女子校ということですが、どのような性教育を行っているのでしょうか?
楢原:私が在籍しているのは、中高一貫の私立の女子校です。本校で性教育に取り組み始めたのは、半世紀以上前のことです。今も性教育に関しては先進校なのですが、当時も先駆けでした。ただ、最初から現在と同じような授業内容だったわけではありません。
性教育で伝えるべき内容は時代とともに変化、発展していきます。私が関わってきたこの30年弱でも、教える側は常に新しい情報や価値観にアンテナをはる必要がありました。
昔と比べ、LGBTQIAの伝え方はどのように変化したのでしょうか?
保健・体育の教科の中で「性教育」という学習項目の1つとして教えるのではなく、各教科で性に関連する情報をその都度話すようになりました。生徒たちへ教え込むというより、「知識」として伝えることを意識しています。
それから、LGBTQIAについては「性的違和」として伝えています。また、学内では性的違和を持つ子に配慮するというよりは、性的違和を含む、あらゆる性の多様性を知識として伝えています。
例えば、生まれ持った性器、精神的なもの、それから月経なども一人ひとり異なりますよね。そのような違いがあることをまずは伝えています。
性的違和に関する生徒からの相談を受けることはありますか?
相談しやすい環境は整えています。スクールカウンセラーや養護教諭を設置していますが、それだけでなく、各教科担当の先生からも「わからないことがあれば、聞きに来ていい」と生徒たちに伝えています。
しかし、実際は私たちに相談に来るのではなく、自ら友人にカミングアウトする子も多いですね。多様性を最初に教えているからでしょうか、カミングアウトする生徒も日常会話と同じように「実はね」と話して、それを聞く友人も「そうなんだ」と反応している。それに対し、何かアクションを起こしたり、後でいじめが起きたりということはなく、「ただ知った」という感じですね。
一方で、親には黙っているという子も多いようです。やはりそれは、生徒たちの親自身の日ごろの言動も影響している気がします。例えば、ニュースを見たときの何気ない一言。そのようなところから、生徒たちは親が「性差」を意識していることを感じとり、家族には黙っていることがあります。
実際、月経に関する知識を十分に持っていない大学生も少なくないと聞きます。一番把握しておくべきともいえる、自分自身の身体に何が起こっているのかがわからない人が多いことには驚きました。まずは知らなければ、大切にすることもできないと思います。
また、学内では多様性を学び、個人の違いを当たり前に感じていた生徒たちが、社会に出てジェンダーバイアスや性差別にがく然とした卒業生から「社会は全然、男女平等じゃない!」という話もよく聞きます(苦笑)。例えば、「重いものは持たなくていい」「飲み会で支払う代金は男性より少なくていい」「女は幹事をやらなくていい」といった日常のことから、社会人になって受ける上司や同僚(男性)のパワハラ・セクハラなど、いろいろなものがありますね。
中高生の間は、すべて自分たちでやってきたことを、社会に出てから「やらなくていい」と役割から外されたり、言動で傷つけられたり。そのため、近年は知識の一つとして「社会にでるとこんな課題に直面する」「性に関する犯罪が発生している」という事実も伝えるようにしています。これから社会で生きていくための情報として、不平等があることを知っているのと知らないのとでは、全然違いますから。
中高生への性教育の重要性
学校で伝えている「性教育」の内容について教えてください。
中学生と高校生、それぞれに計画的な性教育を行っています。中学生には先ほど言ったように、多様性から伝えていきます。そして、高校では週2時間を確保して教えています。
これは時間的な負担がかなり大きく、他校と比べても圧倒的な長さです。でも、そのくらいの時間があるからこそ、伝えられる知識も多くなります。
例えば理科の授業などで性や、おしべ・めしべなどについて学んだとしても、それを人間のこととして実感できていなければ真には理解できていないといえます。生徒たちが自分ごととして捉えられるよう、授業の度に伝えることはかなり意識しています。
また、一方的に伝えるのではなく、グループワークや個人の発表の時間も持っています。それでも、海外の取り組みに比べると十分ではありません。
どのようなテーマの発表があるのでしょうか?
基本的な知識としても重要な「月経痛・PMS・低用量ピル・人工妊娠中絶」の調査のほか、数年前からニュースでよく聞くようになった「パパ活」「生理の貧困」、さらには「薬物依存」「セックス依存」「ペドフェリア」なども個人発表のテーマとして取り上げられています。
中には、今ある文化や価値観がいったいどのような歴史から生まれたのかを調べる生徒もいます。例えば、同性婚やLGBTQIAに対する社会の理解がなぜいまだに低いのか、歌舞伎町の実態など、内容は実にさまざまですね。
生徒のみなさんは、それらのテーマをどのように調べていますか?
インターネット検索や文献などを主に使って調べています。リサーチが難しいものなどは、教員側から「これを調べてみたら」というように、象徴的な出来事を伝えて調査を支援することもあります。
また、本校には性に関わる分野の本や雑誌がまとめられた1つのコーナーがあるため、そこから調べる生徒も多くいます。
グローバルな基準に照らし合わせると、性教育はどの程度取り組むべきなのでしょうか?
ユネスコが調査した海外の取り組み事例をみると、幼少期からの性教育が大切だと明らかになっています。保育園・幼稚園に通う頃、つまり3歳頃から家庭で伝えていれば、高校でこれほどの時間をとらなくても、知識は十分に根付きます。
ただ、実際のところ、各家庭にさまざまな事情や意識がある中でそれは難しく、家庭任せでいては、知識量にばらつきも出ます。 そのため、現在は中学生から教え、高校生には毎週教えているのが現状です。
旧来の性教育を受けてきた先生方は、最新の性に関する知識をどのように得ているのですか?
本校は性教育が先進的な学校であるため、入ってくる先生方も、対外的にそのようなことを批判しない先生しかいません。知識のアップデートに関しては、「包括的性教育」をテーマにユネスコが出した『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』に添うかたちで、教員間で打ち合わせを密にしています。
日本ではかつて、性教育に関する話はあまりおおやけにできなかったんです。言えば怒られるようなことも実際ありました。しかし、現在は性教育に力を入れる学校や先生も徐々に増え、性に関する取材も多くなりました。ぜひメディアから、性の知識をどんどんと伝えていってほしいと思います。
勤務先の学校では制服がリニューアルされています。これも多様性を反映するためだったのでしょうか?
制服に関しては、2004年にリニューアルし、スラックスタイプも選べるようになりました。当時は先進的だったようですね。
今年、そのデザインをリニューアルしたのですが、スラックスを選べるようになったときも、今回のリニューアルのいずれも、生徒たちの声を生徒会がくみ、それが学校側へ届いて実現しました。
例えば、活発でこれまでスカートをほとんど履いていなかった生徒が、「いきなりスカートを履くのは恥ずかしい、できればスラックスを履きたい」というように、個人の感情による声が多く集まっていました。つまり、こちらも性的違和への配慮というよりは、多様性にもとづく取り組みといえると思います。
水泳の授業に関して生徒の声があがることはありますか?
特別な取り組みは行っていませんが、本人が理由を伝えてきて、休むことはあります。それに対し「本当に?」だとか、詳しい理由を追究することはせず、本人の言葉を受けいれてはいます。配慮というよりは、意志を尊重している状態ですね。
着替えに関しても、性的違和に限らず、人前での着替えが恥ずかしい子、あるいは1人になって着替えたい子はいます。そのような子はトイレで着替えたりしているようです。そのあたりは、生徒に任せるかたちをとっています。
宿泊や入浴を伴う行事の際に、何か配慮されていることはありますか?
行事の場合、滞在する空間のプライバシーがゼロになりやすいのですが、宿泊施設などは各部屋にシャワールームがあるため、「1人のほうがいい」という子はそちらを利用していますね。その際に、誰かにわざわざ性的違和を伝える必要はなく、「そのほうがいいから、そうする」というだけです。
性教育を進めるための課題
今後、どのような性教育が必要だと思いますか?
性的配慮あるいは自分を尊重していくためには、多様性への理解が不可欠です。大学生になって「自分の性のことを知らなかった」と話す子も少なくありません。
そのような事態を減らすためにも、学内ではあらゆる場面、複数の教科で知識を伝えながら、生徒自身が調べて発表できるように取り組んでいます。これは多様性を伝えるだけでなく、生徒たちが売買春などの性に関する犯罪・事件に巻き込まれないようにするためにも、必要なことです。
しかし、学校の授業時間数だけでは足りない部分はもちろんあります。前述の『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』も、もともとは日本では発刊されておらず、私を始め本校の複数名の先生が所属している“人間と性”教育研究協議会(通称:性協会)で翻訳を行いました。海外での性教育への取り組みなど、最新の性教育の「ふつう」を知ることができるため、興味がある方、学びたい方はぜひ読んでみてほしいと思います。
また、本校を含む教育現場では、先生が自主的に学ぼうと思っても、時間が限られています。意欲がある先生は、それでもスキマを見つけて学んでいますが、生徒たちに十分な知識を伝えていくには時間が足りません。できる限り生徒たちに性の知識を伝えるためには、各教科と関連づけながら、学習時間を増やすことが急務だと思います。
そして、学校だけでなく、さまざまなメディアや各家庭、各教育機関で早い段階から、少しずつ子どもたちに伝えていくことも非常に重要です。十分な知識を得ることができれば、LGBTQIAに限らず、多様性を受けいれて、自らもありのままで生きていける人が増えると信じています。
ユネスコ(編集), 浅井 春夫, 艮 香織, 田代 美江子, 福田 和子, 渡辺 大輔(翻訳),
『国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版】――科学的根拠に基づいたアプローチ』 明石書店.2020