『大越春太郎は黙れない!』著・瀬田ヒナコ
あらすじ
思ったことすべてを口に出す、新入社員の大越春太郎。社内の噂話を直接本人に伝えたり、耳にしたことに大声で返答してしまう彼の言動は、周囲をハラハラさせる。しかし、春太郎の同期である仲市律子は、そんな彼に面くらいながらも、ともに働くうちに訪れた自身の内面への変化に気づき始める。お仕事コメディ漫画、全2巻。
口は災いのもと? 耳触りのよい言葉を正直者が飛び越えていく
タイトルのとおり、大越春太郎はとにかく黙れない。仕事をする上では厄介な性質である。しかし一方で、ヒロインの律子にとっては、積極的に意見を言えない自分にはないものを持つ存在である。
ところで、空気を読まずに突き進む人、怒られている人、堂々とごまをする人を見ると、自分がしているかのように、緊張して身体が熱くなり、ブワッと汗をかく「共感性周知」と呼ばれる言葉がある。
現実世界だけでなく、娯楽作品を楽しんでいるときも、「あ、このあと修羅場だ」「無理難題を押しつけられて、大勢の人の前で失敗するシーンがくる」と思うと、どうにも居たたまれず、1シーン飛ばしてしまうことも少なくない。私もその1人なので、春太郎の振る舞いにハラハラしながら本作を読み進めていた。
現実世界でも「私はこれ好きじゃない」「行きたくないから、行かない」等、歯に衣着せぬ発言をする人は、各コミュニティにいるのではないだろうか。それに対し、「それをここで言っちゃいけないよ」とため息をつく人、後から文句を言う人、空気を読んで相づちを打ち、一見うまく立ち回る人などがいる。
そして、いつの間にかみなと仲良くなっているのは、空気を読まずに発言していた「ウソのつけない人」ではないだろうか。自然体で過ごす姿に、その人の信者が生まれていることもある。
反対に、「これを言ったら角が立つのではないか」「それを好きな人もいるのに、そんなこと言ったら傷つけるんじゃないか」というふうに考えて考えて、どんどんと発言しなくなった人のほうが、周囲からは何も考えていない、意見のない人として孤立することもある。
かくいう私も、はっきりかつスッパリと、好き・嫌いを言う人に少しおびえながらも惹かれる性質だ。自ら発言する人は、常に自分の言葉がどう思われるか、というマイナスの感情ではなく、自分の感情や思考を、相手が誰かを区別せずに伝えてくれる。だから、言葉の鋭さは二の次で、その人自身が慕われるのかもしれない。
傷つけたくない、傷つけられたくないという感覚をあえて変えようとは思わないが、時には思ったことをストレートに伝える勇気を持ちたい。
『無能の鷹』著・はんざき朝未
あらすじ
架空のITコンサルティング会社を舞台に繰り広げられる、“お仕事あるある”漫画。主人公の鷹野ツメ子は、とても有能そうな見た目に反し、中身はとんでもなく無能。仕事の依頼は理解できず、パソコン操作もままならない。一方、初見で自信なさげ、仕事ができない人に見られてしまう。そんな鷹野の同期であり、実は有能な〇〇は彼女に振り回されつつ、徐々に本来の力を発揮できるようになっていく。既刊6巻。
無能でも有能でも感情は置き去りにして働くが吉
「自分はなんて無能なのだろう」と、毎月のPMSがやってくる度に思う。そのあとに来る、いわゆるキラキラ期には「今日は仕事がうまくいった。私、実はなかなかできる?」と天狗になり、数日後には次の絶望期がいつなのか、忙しい日に被らないようにと、ただ祈る。カフェインや糖分を減らしても、このサイクルは繰り返されている。
30代の私が、若手社員と呼ばれていたのは10年以上も前の話だ。今は、フリーランスとして働かせてもらっているが、新しい仕事をいただく度、納期が迫る度、メンタルも思考も乱高下する。
さらには、4月から6月も慣れない環境や気圧の変化によってしんどい日が多い。そして、秋も気圧変化や花粉、年末に向かう慌ただしさに「毎年10月はダメなんだ」という知人もいる。調べてみると「秋うつ(季節性うつ病)」というものがあり、日光を浴びると多少効果があるらしい。
心の安定に、私は本作もおすすめしたい。主人公、鷹野は圧倒的無能さにも関わらず、感情が常に凪いでいる。驚くことや照れることはあるけれど、そんなことはどうでもよくなるほど、本当に仕事ができない。それでも、彼女は同期に勇気を与えたり、社内DXを推進している人に「もっとよいシステムを作らねば」といった正の刺激を与えたりと、会社の業績アップに陰ながら貢献するのである。
うまくいっても、うまくいかなくても、仕事をする。感情と仕事の良し悪しは別軸で考えるのが、メンタルバランスをうまく保つ鍵なのかもしれない。そしてなによりも、寝て、日光を浴びて、食事をとる。この健康で文化的な生活の維持に心をくだくことを最優先に、この秋を乗り切りたい。まずはチャットメッセージの深読みをやめて散歩しよう。
『社内探偵』著・かたおか みさお、 egumi
あらすじ
会社でよくある人間関係のモヤモヤ。さらには不正人事に給料格差、パワハラ、社内政治などの大問題を、探偵さながら人事部の社員が明らかにしていく!スカッとしたいときにおすすめのオフィス漫画。電子コミック既刊40巻。
「なんだか危険」の直感はたいてい正しい
働き方改革がずいぶんと進み、以前より休みやすくなり、時短勤務・リモートワークが浸透してきたとは聞くものの、職場の人間関係は相変わらず煩わしいと聞く。誰が悪い、悪くないは置いておいても、気質の合わない人がいる精神的ストレスの大きさは想像するにかたくない。
本作では、1人の仕事がデキる人事部社員が、影ながら証拠をかき集め、問題のある社員・役員をじわじわと追いつめながら、疲弊しきった社員に救いをもたらしていく。本作がおもしろいのは、それが「すぐさま解決してハッピー!」というわけではないところ。被害者側もうまく立ち回り、自らの職場での居場所、仕事、プライドを勝ち取っていくまでが、リアルにも通じる。
真面目に働いてきたならば、がんばったところに気づいて褒めてほしいし、その分の見返りが欲しいものだが、そうはいかない。「先週言った」「その依頼は聞いていない」のやり取りで、どちらかのミスとみなされ、評価が下がることもある。パワハラ・モラハラを受け続けた人が、いつの間にか自分の部下にパワハラ・モラハラしていることもある。
意図せぬ伝わり方でなんらかのマイナスを引き起こしたときには、言い訳よりも謝ることも大事だと、30代になってようやく腹落ちした。
一方で、パワハラのような異常事態に、「これって普通?いまどきおかしくない?」と気づけるのは、社内に長くいる人間よりも、外から入ってきた若者のほうだと思う。自らを守るためにも、タイムスタンプ付で記録をとってほしい。
逃げることも必要なのだが、いざそのときがくると、脳みそも身体も疲弊し、逃げる元気すら搾りとられて動けない。そんな限界がくる前に、身近な人や専門家に相談して「それはおかしい、逃げていい」と声をかけてもらうことも、大切な“社会人スキル”だと私は思っている。