世界を眺めるスイッチ テーマ「羽化」より歌集3選

  • URLをコピーしました!

 短歌とは、端的に言えば5・7・5・7・7の31音で紡ぐ短詩。

 けれど、音楽に語り切れないほどジャンルがあるように、短歌にも幅広いスタイルがある。文語か、口語か。定型(57577のルールに正しく沿ったもの)か、破調(定型を意図的にはみだしたもの)か。最近では誰かがふと口にしたつぶやきのような口語表現が主流になっていて、「短歌を読んでいます」と堅苦しく構えなくとも親しみやすい歌が多いのではないかと思う。

 短歌は、読み=解釈の大部分を読み手に委ねられていること、あくまで歌の中のわたし(作中主体という)はフィクションのわたしであるということに注意が必要かもしれない。作者がひとつの歌にこめた想い、描きたかった情景。それを正確にたどるのではなく、読み手の「自分」をのせてもいい。つまり、歌に描かれていることを「自分の物語」として読んでもゆるされるのだ。

 それは、自由に世界を眺めることができるようになるということ。

それは、たとえばこの歌のように。

僕たちは世界を盗み合うように互いの眼鏡をかけて笑った  / 近江瞬

『飛び散れ、水たち』左右社より

私はこの歌をみずみずしい恋愛の歌、と読んだ。「空を集める」という連作の1首で、同じ連作中に「シャーペンの消しゴムのフタ」「黒板消し」「学校の屋上」と歌の舞台が学校であることを思わせる言葉が登場しているので、10代の「僕たち」のエピソードなのだと想像できる。素直に歌を受け取れば、ふたりはお互いの眼鏡を交換してかけてみて笑い合ったのだという1シーン。さわやかで、読んでいるほうもふっと微笑んでしまう。

「世界を盗み合うように」ーそう、眼鏡を交換することで、相手が眺めている世界を眺めることができる。相手の世界を知ることができる。ほんとうは眼鏡ひとつでそんなことはできない、けれど、「眼鏡」がどういうものなのかを考えれば「世界を盗む」という表現が大げさではないと思えるのではないだろうか。相手の世界を知りたい。相手の見ているものを見たい。相手の気持ちを知りたい。それを「互いに」自分にも相手にもゆるす瞬間は、途轍もなくうつくしい。

おめでとう きれいな人にきれいだと言う私のうつくしい顔  / 山川藍

『いらっしゃい』角川書店より

歌を読み慣れていないと、「きれいな人を見てきれいだって言いながら、自分をうつくしいって言っているの?この歌の主体(私)って、自信家なんじゃない?」と勘違いしてしまうかもしれない。

 歌集1冊を読み通すとわかることだが、労働環境がブラックだったり辞職したり、実家暮らしで親が出てきたり、友達が結婚したり……。なかなかしんどい生活の様子が詠われている。

その人も仕事も辞めてしまおうと決めたる日から手帳は白紙 / 山川藍

『いらっしゃい』角川書店より

しんどいから世の中を呪っているのかというと、そうではなく。人としての愛らしさがにじみ出ている主体を、歌集を読み終えるころには好きになっているのだ。気の置けない友達の話を聞いているような気持ち。

 それを踏まえて先の歌に戻ると、主体の感情がよくわかる。「おめでとう」という初句の言葉から、結婚式のワンシーンなのかなと思う。おめでとう、すごくきれい。その言葉を発することができる主体。なおかつ、卑屈になることなく「しあわせな人を祝福できる自分の心はうつくしい。きれいな人にきれいだと言える、この瞬間の自分の顔は間違いなくうつくしい」胸を張ってそう言える主体に、拍手を送りたくなる。

えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力をください  /  笹井宏之

『ひとさらい』書肆侃侃房より

泣き声のようなひらがなの連なりではじまるこの歌には、ひととして生きる悲願が詰まっている。私たちは泣きながら生まれてきて、喜びを、くるしみを知る。どんなひともいつかは死にゆくこと、永遠がないことを知る。とても堪えられそうにない痛みも、永遠ではないのだ。けれど、辛いときほどそれが永遠に続くように思えてしまう。「神様、どうかこの永遠を解く力をください」主体の願いは、私の声に重なる。作者である歌人の笹井宏之は、病気で若くしてこの世を去ってしまったひと。魔法使いのような、たのしく、いたずらっぽく、けがれのない、時に刺すような短歌をたくさん残している。

世界を変えるのは難しい。

でも、今この瞬間にも自分が眺めている世界を変容させることはできる。

たくさんの短歌を知って、自分のものにして。あたらしい世界を眺めてみてほしい。

短歌のフィルターを通して。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

AUTHOR

鈴木せいらのアバター 鈴木せいら ライター・歌人

ライター歴11年目。北海道在住。本とビールと珈琲が好き。

TOPIC