「働く」を諦めない がん宣告後の「キャンサーロスト」への向き合いかた

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こんな方にお話を伺いました
花木 裕介(はなき ゆうすけ)さん

2017年12月、38歳のときに中咽頭がん告知を受け、休職して標準治療(抗がん剤、放射線)を開始。復職後、2021年2月に局所再発により標準治療(手術)を実施し、現在は経過観察中。がん判明後より、ブログYouTubeを通じた発信を開始。2019年には一般社団法人がんチャレンジャーを設立し、「寄り添い方ハンドブック」などの情報を公開。がん罹患経験者に関わる方専門の産業カウンセラー、両立支援コーディネーターとして活動中。著書に『青臭さのすすめ―未来の息子たちへの贈り物』などがある。

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約8割が「経験した」と答えた、がんによる喪失体験

「キャンサーロスト」という言葉について、教えてください。

人それぞれ違うことを「十人十色」と言いますが、がんという病の症状も十人十色です。がん症状がある部位や進行具合(ステージ)によって、一人ひとり症状が違います。また、同じ部位・ステージであっても、症状は同一ではありません。

がんの治療中や治療後は、副作用や後遺症の影響などから外出自体が大変になる人もいます。今まで力を入れていたスポーツに取り組むことが難しくなったり、子どもを授かることや好きな仕事を続けることができなくなったり。このように、何かができなくなったり、何らかの機会を失ったりする方は少なくありません。治療が継続的に続き、日常生活をふつうに送ることすら難しい場合もあります。

一方、「キャンサーギフト」という言葉を耳にしたことはないでしょうか。この言葉には「がんに罹患したことで得たもの」という意味があり、どうしてもキラキラとした印象を受けます。しかし、「がんに罹患する前よりも状況が良くなる」というのは大変難しいことで、それまでの均衡が崩れて「現状維持ができればまだ良いほう」というのが現実です。「キャンサーギフト」は本来、そんな均衡の崩れた状態をなんとか立て直そうとするための、がん罹患者の生きていく術の一つなのかもしれません。

だからでしょうか。私はインターネットなどでがん罹患者の方の経験談などに触れる際、「キャンサーギフト」ばかりが取り上げられる状況に言い知れぬ違和感を抱いていました。ギフトとは表せないことも沢山あるはずなのに……と。

そこで私が代表を務める一般社団法人がんチャレンジャーでは、がん罹患者の喪失体験への理解を広めるために「がん罹患によって失ったものや機会」を表す「キャンサーロスト」という言葉を新たにつくりました。今年実施したがんに罹患した経験のある方を対象としたアンケートでは、約8割の方が「キャンサーロストといえるような喪失体験があった」と回答しています。

出典:一般財団法人がんチャレンジャー『「キャンサーロスト」に関するアンケート(がん罹患経験者対象)調査結果』2022年5月,8ページ

花木さんの場合、どのような変化が訪れましたか?

私が中咽頭がんの告知を受けたのは38歳のときで、仕事では昇進を見据えてがんばっている時期でした。告知を受けるまでは、働きながら、東北地方の震災復興支援活動なども行っていました。

いわきサンシャインマラソン完走の様子(2016年)

当時の勤務先は事業として「がん治療と就労の両立支援サービス」を行っていたこともあり、治療のための休職にも理解がありました。休職して、抗がん剤や放射線による治療を受けた結果、がんが消滅し、復職が叶いました。

ただ、がん治療のゴールは「完治」ではなく「寛解」と表されるため、私の場合も最後の治療から5年が経過して、ようやく寛解となります。完治ではないため、再発の可能性が完全にゼロになるわけではありません。

そのため、多くの人が告知を受けたときや治療中だけでなく、治療が終わった後も、さらには寛解となった後も、キャンサーロストを抱え続けるケースが少なくないのでは、と考えられます。

通院しながら抗がん剤治療を行っている様子

私の場合、治療の副作用で喉の奥が焼け、以前よりも喉が乾きやすくなったので、今もこまめな水分補給が欠かせません。また、休職に伴い、それまで担当していたプロジェクトから離れることになり、それまで思い描いていた管理職への昇進の機会を失いました。

がんを受容して「それならスペシャリストを目指そう」と考えた私は、治療中から産業カウンセラーの資格に挑戦しました。無事取得して、新たなキャリアを歩み始めたのですが、それでモヤモヤする気持ちがまったく無くなったかというと、そうではありません。自分自身が望んでいた管理職というキャリアを順風満帆に進んでいる人を見るとモヤモヤしてしまい、そんな自分にまた落ち込むことが今でもあります。

復職ができても「喪失感」はなかなか消えてくれない

復職後は、どのようなときにキャンサーロストを感じましたか?

復職したばかりの頃、「無理しなくていいよ」と声をかけられ、できる仕事なのに任せてもらえないことへの葛藤を日々抱えていました。管理職への道に加えて、仕事への自信も失っていたように思います。周囲の人の優しさや気遣いを感じながらも、「休んで迷惑をかけたから、これからもっと取り戻したいのに」「自分にできる限りのことをしたいのに」と毎日のように思っていましたね。少し経って、自分の気持ちを周囲に伝えた結果、少しずつですが理解してもらうことができ、仕事も徐々に任せてもらえるようになりました。

同じような体験をよく耳にします。おそらく、がんに対する世間のイメージがいまだ昔のままで、死に直結する病だと思われているのかもしれません。しかし、実際にはがん罹患者の生存率は年々高まっており、多くの人が治療しながら働くことが可能になってきています。そのような事実はいまだ社会に浸透しきってはいないように思います。

前述のアンケートで「キャンサーロストを乗り越えられたと思う」と答えた方は全体の3割未満でした。

出典:一般財団法人がんチャレンジャー『「キャンサーロスト」に関するアンケート(がん罹患経験者対象)調査結果』2022年5月,21ページ

この結果は、「キャンサーロスト」が、「自分の力だけでは乗り越えがたい社会的な喪失を含んでいるから」と言えるかもしれません。

「キャンサーロスト」や「マミートラック」のような何らかの喪失を体験した方に知っておいてほしいのは、「そういう経験をしているのは、決して自分だけではない」ということ、そして「あなた自身が悪いわけではない」ということです。

それでも、喪失体験が日々重くのしかかっている方は、アンケートで多くの方が記載していた「がんを受容するには時間も必要」という回答がヒントになるかもしれません。時間薬以外には、SNSなどを通じて発信することで、気持ちを発散したり、整理したりすることを乗り越えるきっかけにしている方もいらっしゃいます。

私も同じような境遇の人に伝えたいという想いで、告知を受けた頃から「中咽頭がんリアル日記 がんチャレンジャー・花木裕介Blog」というブログを開始しました。名前と病気を公開したことで「この治療が効く」「この先生が良い」という根拠のない情報も送られてきましたが、それでも、自分の気持ちを吐き出すことによって、ずいぶんと気持ちが安らいだものです。

仕事を辞めるよりも、無理のない範囲で治療との両立を

仕事との両立はできるのか?

ブログでの発信や講演を行う中で、がんに罹患された方から治療と会社で働くことの両立について相談を受けることがあるのですが、私からは「環境が許す限り、両立を目指していただきたい」とお伝えするようにしています。

ただし、決して無理はしないこと。たとえば、治療のために休職する場合、「早く戻らなければ」と焦って復職した結果、勤務時のパフォーマンスが戻らずに周囲に迷惑をかけてしまったという方がいらっしゃいます。会社に負担をかけてはいけない、という責任感は素晴らしいことですが、ある程度万全な状態で戻ってくることで、安定したパフォーマンスを見せて恩返しをする、といった中長期的な視点も大切ではないかと思います。

また、通院治療をしながら勤務をしている方などは、事前に「いつ体調が悪くなる可能性があるか」など、自身の体調の見通しを積極的に伝えることをおすすめします。両立されている方々の話によれば、体調が変化する周期がだんだんとつかめてくるそうです。例えば、休日に症状が悪くなるタイミングが来るように、治療や服薬の日を調整して、仕事とのバランスを取る方もいます。仕事と治療を両立させるならば、このようなリスクヘッジも必要になってくるでしょう。

私の場合は休職して治療に専念したあと、検査結果を待って仕事に戻りましたが、やはり復職後しばらくは、「彼は毎日きちんと出社できるのか」「業務中に何か体調が悪くなりはしないか」と周囲から心配をされていました。そのため、一つひとつ信頼を積み上げていけるよう「これならできます」「これの代わりに、この仕事をします」というように自分の状況や意思を伝えていくことで、徐々に心身とも社会復帰をしていくことができました。社員数が少なかったり、制度が整っていなかったりする企業に勤務している方にとってはハードルが高いと思われるかもしれませんが、がんを治療するためにもできるだけ会社を辞めないようにすることが重要です。

一度会社を辞めてしまうと、同程度の待遇での再就職は決して簡単ではないようです。よって、「辞める」という選択肢は最後の最後まで残しておき、できる限り、「どのようにしたら今の会社で両立ができるか」という視点で周囲のサポートを得ていっていただけたらと思います。もしお困りのかたがいらっしゃいましたら、一般社団法人がんチャレンジャーにいつでもお気軽にご相談ください。

完全な理解は難しい。せめて正しく寄り添ってほしい

がん罹患者が感じている周囲の無理解には、どのようなことがあるのでしょうか?

退職を選ぶがん罹患者の背景にあるのは、がん罹患者に対する周囲の認識のずれや無理解です。前述のアンケートでは、理解がないと感じた声かけや振る舞いに対して、多くの回答が寄せられました。仕事に関するものを一部、紹介します。

仕事で周囲の無理解を感じたとき
  • 抗がん剤治療中に退職を迫られた
  • 昇進を自慢された
  • 治療の副作用がつらく、退職。体調が割とよいときに退職手続きに行くと、「元気なんですね」と言われた
  • 仕事が続けられるにも関わらず、経営陣から「仕事復帰できなくても生活保護があるから」と言われた
  • 仕事をやめたことに対して、「これで良かったのかな」と話すと、「じゃあやめなければ良かったのに」と言われる
  • 就活で「休職期間が長い」と不審がられ、詳しい事情を話すことを強要される
  • 「また働きたい」と家族や親族に言ったら、暗に否定されたり、「もう外では働けないでしょ?」と言われたりした

出典:一般財団法人がんチャレンジャー『「キャンサーロスト」に関するアンケート(がん罹患経験者対象)調査結果』2022年5月

仕事以外の場面では、病気のことや身体的な変化を本人の同意なく他者へ話されたり、友人や親族から「他の人はこうだったから、あなたも……」という根拠のない知識や考えを押しつけられたり、当事者のことを真に深く考えていない発言や態度を経験したという方もいました。

どのような寄り添い方が望ましいのでしょうか?

私は「お互い様」という気持ちで寄り添うことが大切だと思っています。

休職せざるを得ない方は、罪悪感や喪失感を抱えながら「できるだけ他者に迷惑をかけたくない」と考えているものです。ですので、一緒に働く同僚や上司の方は「(いつか自分も休むかもしれないから)大丈夫ですよ」という気持ちで接してほしいと思います。そのように接していれば、自分が休まざるをえない時がきても「(以前私もそのようなことがありましたから)大丈夫ですよ」と言ってもらえるはずです。

また、繰り返しになりますが、がんは人によっても、部位・ステージによっても症状が異なり、みなが同じということはありません。ですので、たとえ心からの善意であったとしても、「あの人はこれで良くなった」「これを食べると治る」というような情報を伝える前に、一度立ち止まって「もしも自分が相手の立場だったら」と想像してみてほしいと思います。

今、がん罹患者の生存率は年々高まり、治療方法も増えてきています。がんに対する社会的な理解が進めば、がん罹患者にとっての苦しみやキャンサーロストが減り、仕事と両立しながら働ける人、辞めずに働き続けられる人が増えていくはずです。

「がん罹患者にかかわる方必携『寄り添い方』ハンドブック」

最後に、身近な人ががん罹患者となった場合の寄り添い方をまとめたハンドブックから、一部を抜粋してご紹介します。「どのように声をかければよいのだろう」と悩んだことがある方は、ぜひ参考にしてみてください。

相手に寄り添う 声のかけ方(例)

「がんのことを聞いたときはびっくりしたけど、必ず治ると信じて応援しています。何が必要なのかはわからないけど、何か自分にできることがあるようなら、いつでも声をかけてきてほしい」

「話したくなったら話してくれればいいから」

出典:一般財団法人がんチャレンジャー『がん罹患者にかかわる方必携「寄り添い方ハンドブック」』2020年5月

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もえこのアバター もえこ 在宅ワーキングマザー

兵庫県在住。小学生2人を育てながら、現在ほぼフルタイムで在宅ワーク中。趣味は推し活と読書。

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